大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和30年(ネ)962号 判決

よつて被控訴人の請求の当否を検討するに、別紙目録記載建物(以下本件建物という)がもと被控訴人会社所有であつて、同会社は昭和二七年六月一六日訴外山田昇と連帯して控訴人から金七十万円を利息月一割、弁済期同年一一月末日の定で借受けることを約し、この債務を担保するため本件建物につき抵当権を設定してその登記をしたところ、昭和二八年二月二一日控訴人は右債権にたいする代物弁済として右建物を取得したとして所有権取得登記をしたことは当事者間に争がない。(中略)

つぎに被控訴人は、前記金七十万万円の消費貸借についてはその全額について成立したことおよび右代物弁済の事実を否定し被控訴人は控訴人の申出により、控訴人が他から金融をうけるについて信用をしてもらえるようにするため昭和二八年二月一八日便宜上本件建物の所有名義を控訴人に書替えること、被控訴人が前記借受金(この消費貸借に関しては後段において説明)を返済したときは控訴人は同建物の所有名義を被控訴人にもどすことを約したのであつて、この合意は控訴人において本件建物を他に処分してはならない趣旨の信託的所有権譲渡契約であるところ、控訴人は同建物について前記抵当権設定登記があるのを利用して約旨に反し、前記のごとき代物弁済による所有権取得登記をしたのである、と主張し、控訴人はこの主張にたいし、昭和二七年六月一六日控訴人は被控訴人と訴外山田昇とを連帯債務者として金七十万円を貸与するさい、担保として本件建物につき抵当権の設定をうけ、また期限に弁済しないときは代物弁済として右建物の所有権を控訴人に移す旨を約したが、被控訴人および山田は、右債務の履行をしないので右元利金債務を折半して両名にそれぞれ半額を支払わせることにしたところ、被控訴人はそれでもなお弁済しなかつたので昭和二八年二月二〇日被控訴人と合意の上右債務の代物弁済として本件建物の譲渡をうけたのである、仮に右合意が代物弁済契約とは認められないとしても、それは被控訴人が控訴人にたいし、元利金を支払えば本件建物の所有権を控訴人にもどすとの条件をつけて同建物の譲渡をうけたのであるところ、この取戻期間については特約がなかつたから被控訴人にたいし相当期間をおいて元利金の支払を催告し、もしその支払がないときは被控訴人は本件建物の取戻権を失い、控訴人はその後は完全な所有権を取得する趣旨である、しかるに被控訴人は控訴人の右元利金支払の催告に応じなかつたから同建物の取戻す権利を失い、控訴人は完全にその所有権を取得したものであると主張する。

よつてこれを検討するに、(証拠省略)………によると控訴人は昭和二八年二月中その所有の不動産を担保として訴外日本勧業振興株式会社から金融をうけることとなつたが、そのころ被控訴人にたいし、自己所有の不動産のほかに、被控訴人所有にかかる本件建物をも控訴人所有にするならば、なお一層右訴外会社の信用を増し、金融をうけるに好都合であるからそのようにしてくれと申込んだので被控訴人はこれを承諾し、その結果両人の間に、被控訴人は控訴人にたいし本件建物所有名義を控訴人に移転する、ただし控訴人はこれを他人に担保として差入れない、また控訴人は被控人にたいする前記貸金債権の利息を安くし、被控訴人が右債務を履行すればそのとき右所有名義を被控訴人にもどす、被控訴人は右のごとく建物所有名義を控訴人に移転後も自らこれを他に賃貸し、その賃料を取得する、もし被控訴人において本件建物を他人に譲渡する場合は被控訴人が控訴人にたいし前記債務を弁済した後に右建物所有名義を移転する、以上の各条項およびこれに関する詳細な約定については公正証書を作成する、との合意が成立した。

右合意の内容からみると、本件建物所有権は被控訴人と控訴人との間の内部関係においても、外部関係においても控訴人に移転するものであるが、この所有権の移転は被控訴人が控訴人にたいし、従来負担する債務の支払があるまでこれを担保するのを目的とすると同時に控訴人に他人からの信用をえしめることを目的とするいわゆる信託的譲渡であつて、控訴人はこれを他人に売却し、担保に差入れる等の処分をしてはならないことの義務を負担するものであり、なお被控訴人と控訴人との内部関係においては、同建物を使用しもしくは収益する権能は被控訴人に留保されていたものといわなければならない(ただし、その処分については被控訴人は控訴人にたいし債務を弁済することを条件とする)。

(中略)もつとも(証拠省略)…………によると、控訴人は昭和二七年六月一六日被控訴人がその債務を弁済期に弁済しないときは、代物弁済として本件建物を取得することを約し、同日その旨の仮登記をへたものであつて、控訴人が昭和二八年二月二一日した同建物にたいする所有権取得登記は右仮登記にたいする本登記であることを認めうるけれども、控訴人が同建物の所有権を取得した真相は前認定のごときものであり、代物弁済として取得したものではないとする以上右本登記はその登記原因において実際と一致しないものである。

よつてさらに前記のごとき合意がなされる当時、当事者間にはどのような債権債務があつたかをみるに、前示被控訴人会社代表者朝日準一本人の供述によると、被控訴人会社は昭和二七年六月一六日控訴人から金七十万円を借受けるさい、控訴人から利息として一ケ月一割の利率で二ケ月分金十四万円を天引され、現実には金五十六万円のみを受領したことが認められるから、右利息はこれを旧利息制限法第二条所定の年一割の割合に引直し、その余の天引額は金七十万円からこれを差引き計算し右消費貸借は金五十六万九千三百三十三円三十三銭(以下、金額の記載はすべて銭以下切捨)についてのみ成立したものと認めるのが相当である。

そして昭和二七年一一月末ごろ、控訴人が連帯債務者たる被控訴人と訴外山田昇にたいし、右債務を折半し、右両名において各半額ずつを支払うべきことを約したことは当事者間に争がないから、被控訴人の負担する元金債務はこのとき金二十八万四千六百六十六円六十六銭であつたわけである。

そしてまた昭和二七年一一月分までの利息の支払のあつたことは控訴人の自ら主張するところであつて、前記朝日準一の供述と同供述により成立を認める甲第一〇号証とをあわせれば、被控訴人は昭和二七年一二月二日右元金にたいし、金四万円を内入弁済したことが認められるから、残元金は金二十四万四千六百六十六円六十六銭となつたことが明らかである。

しかるに被控訴人は昭和二八年一月三一日控訴人にたいし右元金に内入のため訴外山田昇振出の金額十万円の小切手を交付したからこれによりさらに金十万円の内金払をしたこととなると主張し、前記朝日準一の供述および成立に争ない甲第一一号証をあわせると右のとおり小切手の交付のあつたことを認めうるけれども、小切手はもとより現金ではなく、一般に金銭支払の手段として授受されるものにすぎないから、右小切手をもつて金十万円の支払にかえたことも認められず、かえつて成立に争ない乙第七号証の二、原審における当事者双方本人の供述をあわせると右小切手は支払を拒絶されたことが肯定される本件においては、右のごとき小切手の授受があつたことをもつてただちに金十万円の弁済があつたものと断ずることはできず右被控訴人の主張を採ることはできない。

なおまた、昭和二八年二月一八日本件建物所有名義を控訴人に移すこととしたとき、控訴人は被控訴人にたいして右消費貸借の利息を安くすることを約したことは前認定のとおりであるが、その後この約束どおり新利率を定めなかつたことは被控訴人の自ら主張するところであり、かようにあたらしい利率の定のない以上は前記消費貸借については従来の約定利率を旧利息制限法の規定の範囲内において引直した年一割の利率によるべきものとするほかなく、右貸借については控訴人において本件建物につき所有権取得登記をなした昭和二八年二月二一日後も年一割の利息を附すべきものである。

よつて昭和二八年二月二一日当時被控訴人が控訴人にたいして負担していた債務は元金二十八万四千六百六十六円六十六銭にたいする、昭和二七年一二月一日および二日の二日分年一割の利息、元金二十四万四千六百六十六円六十六銭および同年同月三日から昭和二八年二月二一日まで右元金にたいする年一割の利息であつたことが肯定され、昭和二八年二月二一日における債権額は元利合計金三十五万円であつたという控訴人の主張は理由がない。

つぎに(証拠省略)…………によると控訴人はその後昭和二八年七月一〇日被控訴人にたいし五日間内に同日までの元利金合計金四十一万三千二百円を支払うべきことを催告したことを認めうべく、また成立に争ない甲第四号証原審証人朝日たつの証言および前記朝日準一の供述をあわせると、被控訴人は右催告をうけるやただちに控訴人の代理人石川功にたいし、右催告の金額は多すぎるから計算を明らかにし納得できれば支払う旨を申入れたにもかかわらず控訴人はこれに応答を与えなかつたことが認められる。元来本件消費貸借の弁済期は当初、昭和二七年一一月末日と定められていたのであつて、控訴人が被控訴人にたいし、その半額を支払うべきことを約したときにもとくにその弁済期を定めた形跡はないから控訴人はこのときにはたんに期間を定めず弁済を猶予したものというのほかなく、控訴人がそのときから相当期間を経過して後にした右催告は右請求金額の点をのぞいては相当であるが、控訴人主張のごとき代物弁済契約も、控訴人主張のごとき取戻の約款付所有権移転契約も認められない本件においては、たとえ被控訴人が前認定の元金額と右催告までの利息との限度においても支払をなさなかつたとしても、これを理由に控訴人において一方的に右債務の履行をうける代りに本件建物の完全な所有権を取得しうるものとは解することはできず、この場合は控訴人において建物を他に売却するか、相当の方法をもつてこれを評価し、その代金あるいは評価額をもつて債権の弁済に充当し、もし残余があればこれを被控訴人に返還する等被控訴人との間に清算をとげなければならないものである。

しかるに前記乙第二号証の一、二、三控訴人本人の供述をあわせると、控訴人は昭和二八年二月二一日本件建物について代物弁済による所有権取得の本登記をするとすぐその日に、訴外日本勧業振興株式会社にたいして負担する元金三百万円の債務を担保するため同建物に抵当権を設定してその登記をへたものであるところ、(ただし、この登記のことは当事者間に争がない)その後同年七月一〇被控訴人にたいして前述のごとき履行の催告をしたが、これに応じないのを見ると被控訴人との信託的譲渡の約旨にそむき一方的に同年八月二六日同建物を訴外会社にたいする自己の債務の代物弁済として所有権を移転し即日同会社のためその旨の登記をしたことが認められ(ただしこの登記の点は当事者間に争がない)、これがため被控訴人をして控訴人から本件建物の返還をえざらしめるにいたつたものと解すべきものである。

よつてさらに被控訴人は控訴人の右債務不履行により、損害をこうむつたかどうか、もし損害をこうむつた場合の数額について案ずるに、被控訴人の控訴人にたいする昭和二八年八月二六日現在における債務は元金二十八万四千六百六十六円六十六銭にたいする昭和二七年一二月一日、二日の二日分の年一割の利息金百五十五円九十八銭、元金二十四万四千六百六十六円六十六銭およびこれにたいする同年同月三日から昭和二八年八月二六日まで同割合による利息金一万七千九百六十四円五十六銭の合計金二十六万二千七百八十七円二十銭であることが計算上明らかであるところ、原審鑑定人吉田元太郎の鑑定の結果によれば、本件建物の昭和二八年八月二六日当時の価額は金七十五万六千五百四十七円五十銭(同建物には賃借人が居住しているのでその現状のままとして空家価額の二分の一)であると認められる、控訴人はこの鑑定の結果はその理由不当にして採るべからざるものであると論ずるけれども、右鑑定の理由は要するに、一般に建物価額はこれに賃借人居住のままの場合は空家価額の三分の一とする例が多いが、本件の場合は賃料が空家価額と対比して高額であり、利廻りがよいからその二分の一をもつて相当とするというにあつて、その理由はやや簡単にすぎるのであるが、成立に争ない乙第一〇号証の一、二当審鑑定人吉田元太郎鑑定の結果と、これに原審証人松井一雄の証言、原審鑑定人多賀幾之助の鑑定の結果をあわせ考えると、前記鑑定の結果は正こうを失わないものといえるから控訴人の所論は採るに足りない。

よつて前段認定の債務額と建物価額とを対比すると、その差額は金四十九万三千七百六十円(銭位切捨)となるから被控訴人は控訴人が本件建物を訴外会社にたいし代物弁済としてその所有権を移転したことにより右差額だけの損害をこうむつたこととなるわけである。

(藤江 原宸 浅沼)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!